子育て・アドラー

子どもが片付けない本当の理由とは?アドラー心理学の目的論で考えてみた

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「片付けなさい!」と何度言っても動かない子どもがいる。

私の子どもはずっとそうだった。散らかった部屋を見るたびにイライラして、「なんで何回言ってもわからんのやろう」と怒りが湧いてくる。そして怒った後は、うまく躾できていない自分への自己嫌悪がやってくる。

そもそも、自分が片づけ苦手やし。他のお母さんは、もっと上手に子育て出来てるんやろうなぁ。

このループがしんどかった。

目的論:行動には必ず目的がある

アドラー心理学の「目的論」とゆう考え方を学ぶ機会があった。

人間の行動には必ず「原因」と「目的」があるという理論がある。

「目的論」は、意識的・無意識的に「その行動で何を得ようとしている(または何を避けようとしている)」のかを見る、視点の持ち方である。

子どもがいらんことをした時、よくこんな台詞を言っていたものだ。

「なんで、そんなことしたん?」

「なんで、他の子は普通に出来るのにあんたは出来へんの?」

「片付けない」にはこんな目的が隠れていた

責め立てても、子どもから納得のいく返事はなかった。そらそうだ、ちゃんとできなかった理由なんて言いたくないよな。「めんどくさかった」とか「遊んでしまったから」とか言いづらいよな、と今ならわかる。

アドラー心理学で言う「目的」は、本人も気づいていないことが多い。

例えば、片付けないことで親が構ってくれるなら「注目してほしい」が目的かもしれない。どこに何を戻せばいいかわからなくて動けないなら「面倒を避けたい」だし、自分なりの置き場所があるなら「空間を守りたい」だ。宿題や習い事で疲れていて、ただ後回しになっているだけのこともある。

どれが正解かはわからない。でも「なんで片付けへんの!」と責める前に、少し立ち止まれるようになった。

責めるのをやめて、目的を聞いてみた

「片付けなさい!」のかわりに、こう聞くようにした。

「どうしたいん?」

原因ではなく、本人がどうなりたいかを聞くのが目的論のポイントだ。

返ってくる答えはさまざまだった。

「どうもしたくない」という日もある。

「どうしたい?とは。。。え?」と、ポカーンとした顔の時もある。(なんも考えてなかったな)

「いつか片付けたいと思ってる」という日もある。(ほんまか?)

床に服が散らばっているときは「端に寄せたいと思ってる」と答える時もあった。

……端、な。

ま、いっか。「どうしたいか」を本人が持っているなら、あとは本人のペースでやればいっか。責める必要はなかった。

私が落ち着いた気持ちで聞くから子どもも素直に話してくれるようになったし、険悪にならない。それだけで、私の気持ちはずいぶん穏やかに変わった。

今もまだ片付けない。しゃあないかー。

正直に言う。目的論を学んでも、わが子の片付け問題は完全には解決していない。しかし、たまーーーーに、片づけスイッチが入っている時もあるし、手伝えばできる時もある。

それでも今は、「家を出ていくその日まで期待しない」と決めている。自立して、本人が困ったときに自分でするようになればいい。長い目で見ている。てか、見て見ぬふりをする事もある。その方が、ずっと楽だから。

親子関係が良いのが最優先。今はそう思っている。

コントロールできることに目を向ける

子どもの部屋はあきらめた。でも、リビングやトイレなど共有スペースは綺麗に維持するよう心がけている。

朝散歩から帰宅して少し疲れていても、毎朝欠かさずライブ配信している大好きなユーチューバーのことを思い出す。私も頑張ろう、と元気な声を聞きながら掃除する。それが私のルーティンだ。

物が増えすぎると管理できなくなる。だから買い物をするときは、そのことを子どもに伝えて一緒に慎重に選ぶようにしている。片付けを強制するより、そもそも物を増やさない方が現実的だと気づいた。

まとめ

「片付けなさい!」を「どうしたいの?」に変えただけで、険悪な空気がなくなった。

片付け問題は完全には解決していない。でも、毎回醜い言い合いになっていた頃より、ずっといい親子関係でいられている。

完璧な解決策じゃないが、怒らずに済む日が増えるだけで、お母さんの毎日は少し軽くなる。

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