我が家では、5:10 に炊飯器のタイマーをかけている
まだ日も昇っていない静寂の中、毎朝台所から
テーレレーレ テーレレーレ テーレレーレレー🎵と炊き上がりを告げるメロディが響き渡る。
その日も、いつもと変わらず同じ時間にメロディが響き渡った。
テーレレーレ テーレレーレ テーレレーレレー🎵 ハイ!!
え?ハイ?
旦那だった。
体が大きく、よく怖そうに見られる夫。
ウルトラソウル!🎵 ハイ!!
と同じようなタイミングの合いの手だった。
この合いの手は、家事を楽しくするエッセンスになりうるのではないかと考察した。
朝から笑わせてもらった後、弁当を作り終え、朝散歩に出かける。
まだ汚れていない朝の澄んだ空気とリズム運動が心地良い。
家に戻ってきて畑に出来たほうれん草を摘む。バターで卵と炒めよう。私って丁寧な暮らししてるわ。畑の世話は全て旦那さんやけど。
玄関掃除して、リビングにワイパーをかける。うん、良い調子。
軽くヨガをして、習慣化したいと思っているピラティスを合ってるか分からんけどやり出した所で、朝弱い長男が自分で起きてきた。うんうん、良い感じ
お母さん、頑張ってるで。とくとご覧あれ、とばかりに張り切って体を動かし、息も上がってくる。
「チッ」
え?チッ?
今、私、舌打ちされた?
何やら昨夜次男に貸した原チャの鍵が見当たらないらしい。
えーーーめっちゃ良い感じで朝のルーティン進んでたのに
「いつもは、どこに鍵置いてるん?」「鍵かかりっぱなしとかない?」と質問しながら探し回るも鬱陶しそうに答える息子。せっかく良い調子の所を切り上げて一緒に探したってるのに、なんなんその態度!と険悪な空気になりそうだ。
そうか、これはアドラー心理学でいうところの課題分離が必要な場面かもしれない。
これは、息子の課題なのであって、協力を頼まれた時に初めて一緒に探してあげたら良いのだ。(=共同の課題)
そこで一歩引き、合ってるか合ってないのか、よう分からんがとにかくピラティスを再開した。
息子は別の方法で駅まで行くことを自分で決めて、無事に家を出て行った。
岩井俊憲さんの「マンガでよく分かるアドラー流子育て」によると子どもの課題に口を出すことによっていくつかの弊害が出てくるそう。
親の助言が適切であっても、「支配された」と感じて反抗したり、指示待ち人間になる等など。
転ばぬ先の杖もほどほどにしないとな。と改めて学び直す母なのであった。

